よい戦争
Studs Terkel
晶文社
1985-07T

筆者
スタッズ・ターケル(Studs Terkel)

筆者紹介
1912-2008
ニューヨーク生まれ
9歳でシカゴへ移住、以後シカゴを中心に活躍。シカゴ大学ロー・スクールを卒業後、いくつもの職業を経て、ラジオのパーソナリティ、テレビのニュースキャスターとして活躍。
様々なジャンルや階層の人々へのインタビューから多くの名著を生み出しました。
本書は、1985年に米ピューリツァー賞(ノンフィクション部門)に輝きました。

タイトル
よい戦争
テーマ
1941年12月から 1945年8月までの間にアメリカ合衆国・イギリスを中心とする連合国と日本との間で戦われた太平洋戦争を題材とした作品です。
タイトルにあるよい戦争(原題:THE GOOD WAR)とはアメリカにおいて第二次世界大戦のことをさし、アメリカでは先の大戦はアメリカを助けた「よい戦争」であったと言われています。
本書では、本当に「よい戦争」などというものがあるのだろうか。という疑問に対して、国を動かして戦争を仕組んだ人、国に動かされて戦争に巻き込まれた人など様々な立場で戦争を経験した130名の人々にインタビューを行い、果たして第二次世界大戦は「よい戦争」だったのかを問いました。

見どころ
一言で言えば、日本人の考える太平洋戦争とアメリカ人の考える太平洋戦争の認識の大きなズレです。
太平洋戦争が「よい戦争」と呼ばれるのは1930年代におこった大恐慌で多くの人が職を失い浮浪者となりました
それが、太平洋戦争が勃発したことにより兵器工場や兵士としての職が増え、大戦前は浮浪者だった人が終戦後は富豪になっている例もあります。
さらに、様々な立場の人々からのインタビューによって戦争の生の声が聞くことができます。

日系人だったために家族が囚人のような扱いを受けたもの
ドアのむこうから父が歩いてくるのをみて、母は酷い辱めを受けたようだった。なにもいわず、泣きだした。父は囚人服を着せられてたんだ。デニムの上衣で、背中に番号がついていた。
ある日曜日『日系二世』ピーター・オータより
自称やっかいな知的人種の歩兵だったもの
私はパールハーバーの直後に徴兵された。軍隊が私にはじめてしっかりした仕事をくれたんです。
太平洋物語『ダメな軍人』ロバート・レカーマンより
家族で弾薬装塡工場にて仕事を得たもの
私らのしごとがりっぱだということで、海軍から表彰されました。優の成績が自慢でねぇ。私ら大家族のようなもんでしたから、みんなで抱きあって喜びました。海軍の楽団がきて祝ってくれました。それはもう鼻高々でした。
ロージー『銃後の勤労戦士』ペギィ・テリーより
戦争が始まってから、男の職場に就職し現在ではロサンジェルスでアパートを手広く経営する女性
あの日はうちにいたんだけど、急に戦争だ。戦争だってさわぎ出した。ルーズベルトが宣戦布告したんですよ。戦争になればしごとがふえるのが相場。まだ恐慌の頃だったし、戦争がはじまってみんな喜んでたんでしょうね。案の定すぐに人集めがはじまった。戦争になってうれしいようなそんな様子だった。
ロージー『女のしごと』サラ・キリングズワーズより
徴兵を拒否して精神疾患者扱いされたもの
なさけないわね、この臆病者、ってな。「臆病(イエロー)」っていうんだ。休暇をとった時にヒッチハイクやったんだ。車にのると、すぐに相手がこういうんだ、「どうして軍服を着てないんだ」ってね。「良心的兵役拒否者だよ」っていうと、「なんだって、おまえ臆病者か」ブレーキがキーイ。ドアが開く。「うせやがれ」こういうわけさ。
男らしさとは?『良心的兵役拒否者』ジョン・H・アボットより
戦争によって巨万の富を得たもの
財産の一部で基金をつくりました。こうしておけば、税金とりにガツガツやられる心配はありません。金儲けの楽しみは充分味わったので、今では使う楽しみを味わわせてもらってますよ。
戦争ほどすてきな商売はない『実業家』ジョージ・C・ページより
黒人向け新聞記者
ファシズムをなくしたのは戦争だった。だけどもしヒロシマに白人が住んでいたら原爆を落とさなかったろう、と大方の黒人は思っているよ。
ペンとカメラとマイクをもって前線へ『黒人ジャーナリスト』アルフレッド・ダッケットより

総評 
本書だけでも十分アメリカ合衆国が歩んできた等身大の歴史を読み解くことができますが、前回ご紹介した「大恐慌!」も一緒に読むことでなぜ、アメリカと日本は戦争を行い、その戦争を経験した多くのアメリカ人が「あの地獄のようなつらい時代から抜け出すきっかけとなったこの戦争はよい戦争だ」と言うのかをより深く知ることができます。

よい戦争
Studs Terkel
晶文社
1985-07T




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