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読み方
座敷童(ざしきわらし)

別名
座敷童子(ざしきわらし)
座敷おぼこ(ざしきおぼこ)
座敷坊主(ざしきぼうず)
座敷ぼっこ(ざしきぼっこ)

現在のイメージ


家に住む子ども霊であり、その姿は着物を着た男の子又は女の子とされています。
また、その姿を見た人はその家の人でなくても幸運や幸福が授けられるといわれており、座敷童のいる宿も有名です。
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座敷童の歴史
柳田國男の『遠野物語』にて「ザシキワラシ」と紹介されてました。
そこでは
この神の宿りたまふ家のは富貴自在なり
とあり、妖怪ではなく「家の神」として扱われています。
その後、柳田國男は『妖怪談義』では、妖怪として紹介されています。
それは柳田國男が妖怪は神が零落した姿と捉えていたからです。

座敷とは
民家にある奥座敷のことです。奥座敷は婚礼や葬式などのように家の中で最も公的に人を集めるために使用されるハレの日の空間で、通常では開けることのない薄暗い部屋です。しかし、賓客などを泊める部屋でもあり、座敷童もこの奥座敷にいるという言い伝えが非常に多いです。そのため、座敷童の座敷とはこの奥座敷を指しています。つまり、座敷童も迎えられる客神であり、通常は閉ざされて見えない部屋に重要なものをしまっておくという家の神や宝物に近い存在であったといえます。

座敷童がいる家の人は
現代では、上記のような子どもの姿を見られると言われていますが、元々は家に現れる音の怪異です。
そのため、姿を家の人が見ることが出来ず、子どもが遊んでいるような音や鼻を鳴らす音などの音のみが聞こえる怪異です。ただ、座敷童を見ることはできないのかというとそういうわけではなく、条件が整えば見たり会話をすることができます。

座敷わらしが見えた話
柳田國男の『遠野物語』によると、山口家という「童女の神」がいるといると言われていました。あるとき村の者が「留場の橋」のほとりで山口家から来たという2人の女に出会いました。その村人は女の子に「どこへ行くのか」と尋ねると遠くの村にある豪農のところへ行くと答えました。そのときから山口家の没落が始まりました。
これは、家の外で座敷童に会った話です。今まで家の中にいる存在である座敷童が家の外で、他人に見られるということは、その家の「守り神」ではなくなったことを象徴しています。さらに、「」で出会ったということも重要なポイントです。以前、妖怪に出会える条件をご紹介しましたが、その条件とは、「境界」です。「橋」は川で隔たれたムラとムラの「境界」でもあります。そのため、座敷童と出会うことができたと考えられます。そして、座敷童が家の守り神でなくなるとその家は没落していきます。
また、屋内で目撃された例もあります。柳田國男の『妖怪談義』では、尋常小学校で目撃された例があり、そこでは1年生にしか見えなかったとのことです。
さらに、佐々木喜善の『奥州のザシキワラシの話』では村役場で目撃された事例が記されています。そこでは、糸車をくるくる回す座敷童の手だけが見え、目撃者も多く見物客もできるほどでした。
この学校と村役場での目撃例は、座敷童が「家の神」ではなく「妖怪」の1つとして捉えられていたためです。 

近年の類型妖怪
学校わらし
学校に出没する座敷童の一種ですが、柳田國男の「妖怪談義」にも学校に座敷童が出現した話はありますが、近年では学校行事の肝試しに乱入したり寝ている宿直の教員を布団ごと180度回転させたりと学校内での不可解な現象をこの学校わらしの仕業とされています。
オフィスわらし
会社のオフィスや保養所に出没する座敷童の一種で、会社の業績に関わる怪異です。このオフィス童がいると会社の業績が上がりますが、会社から去ると業績も落ちると言われています。

事例
岩手県
遠野町の小学校は、鍋倉山の云ふ昔の城跡の麗に在って、是は城の御蔵の建物を其侭使用してをった時分の話である。二十四、五年も前のことであろうか。毎晩九時頃となると、一人の白い着物を着た六、七歳の童子が、玄関から入って来て教室の方へゆき、机椅子などの間を潜って楽しそうに遊んでをる。かぶきれ頭であったと云へば、多分ザシキワラシであったろうと思ふ。いつか友人の伊藤といふ人から聞いたことがあった
宮城県
千枝家にては、陰気な夜などに、奥座敷から勝手の方へ、十歳位のワラシが、しおらしい姿をして、ひどく震えて歩いて行くのを見ることがある。一寸見ると直ぐ消える。それは若葉の魂だと言っている。若葉の魂のことをば、方言でウスゴロと言う。つまり臼の下に敷いて圧死させた嬰児という意味かもしれぬ
この事例では、座敷童の正体を不慮の事故で亡くなった幼子の魂とし、奥座敷から現れその姿を見せています。

岩手県
大正七年の秋、村の駐在所の巡査小向定男と小学校教員堀切一三の二人が、評判の「座敷わらす」の正体解明にと、意気ごんで来たのだったが、何もなかったので「我々の威勢に驚いて座敷わらすが出ないのだ」、と言って、夕食を御馳走になろうとしたそのとき、上からお茶ガラの入った「急須」が飛んで来て、煮ていたおみおつけの鍋に入り、折角ご馳走しようとしたものが、喰えなくなり、気味悪くなった二人は、こそこそと帰って行った
この事例では、直接的に座敷童の姿は見えませんが、物が急に動くという所謂「ポルターガイスト現象」に対して、元々噂のあった座敷童の仕業としています。

まとめ
・元々は音の怪異
・家の神から妖怪へと扱いが変わった
・奥座敷にいるお客様
・姿が見えるのは、妖怪としての座敷童また、家の守り神を辞めた座敷童

みなさんのお宅では、姿は見えないが子どもが遊ぶような音は聞こえませんか?
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